2月下旬からスタートさせたセンチュリープロジェクト、手始めとしてヤブツバキ幹回りの計測を行いました。
小石川植物園内に生育する、幹回り10㎝以上のヤブツバキ424株の測定を終えたのは3月13日でした。
小石川植物園内に生育する、幹回り10㎝以上のヤブツバキ424株の測定を終えたのは3月13日でした。
その結果の分析は暇を見て行いますが、今回は古木ツバキ発見の話題です。
環境省の「巨樹・巨木林計測マニュアル」に則し、地上130㎝の位置でツバキの幹回りを計測した結果、幹回りが1mを超えるヤブツバキが小石川植物園に4株あることが分かりました。
以下の写真のような長さ130㎝の棒の先にメジャーを固定し、得られた測定値をコンパクトデジカメで撮影記録しました。

しかしヤブツバキの多くは、以下の写真のように、根本から株立ち状に分枝していました。
そのような場合は、個々の分枝の周長を、幹の中心部ないし分枝の付け根から130㎝の位置で計測し、最下部の根廻も併せ計測しました。

大きなヤブツバキは単幹の場合も根廻を計測しましたが、その結果、根廻100㎝を超える個体は11株を数えました。
全ヤブツバキの測定値を集計し、小石川植物園の最古木はE090101の位置に植栽されたツバキであることが分かりました。

このE090101の株は根廻133㎝で、地上122㎝で二又に分かれ、夫々の枝の太さは80㎝と78㎝でした。
地上80㎝の最峡部での幹回り114㎝という値が得られました。
但し、このツバキの根本には、以下の写真のような巨大な洞が見られ、この位置で分枝していたことが明らかです。
その上部に現存する幹は、一定の年月に亘り、供給されるべき栄養素が分散されていたことになります。
そのような状況から、地上80㎝での幹回り114㎝という値は割り増して判断すべきです。

上に得られた数値から、この木の樹齢を推定しました。
富山県氷見市長坂に存在していた「長坂の大椿」が、ツバキの幹回りと樹齢に関する客観的なデータを提供しています。
この「長坂の大椿」は数年前、すぐ横に舗装道路が作られて後に衰弱し、2014年に枯死しています。
この大椿は幹回り200㎝でしたが、枯死後に確認された年輪から、樹齢は370年
であったことが判明しています。
この事実から得られる値(370/200=1.85)は 「長坂の大椿」が幹回りを1㎝大きくするために1.85年の歳月を要したことを明らかにします。
この値を小石川植物園のE090101株に当てはめますと、
最峡部の幹回りで推定すれば 114×1.85=211年
根廻の値を用いて推定すれば 133×1.85=246年
となり、少なく見積もっても200年超の古木であることは確実です。
小石川植物園では、1727年に中国から輸入されたサネブトナツメの樹齢が290年、精子発見のイチョウの樹齢は250年以上とされますので、今回計測したツバキはそれらの木々に匹敵する樹齢を誇ることになります。
ここまで記した事実は、従来からの小石川植物園を紹介する資料中にはなく、2~3年前に実施された小石川植物園の歴史を紹介する後援会会員向け公開講座の中でも触れられることはありませんでした。
そこで、今回発見された古木ツバキが置かれた状況を再確認してみますと、
以下の写真はE090101株の横から北の方向を眺めたものですが、右手奥に、山本周五郎の時代小説「赤ひげ診療譚」のモデルとなった、小石川療養所の井戸が見えています。

また、踏み分け道の横には、石灯篭の部品のような石の加工物が打ち捨てられていました。

8代将軍吉宗の享保6年(1721)に御薬園が拡張され、現在の植物園の形が作られましたが、上に示す写真で、北方向に伸びる道の辺りを境として、御薬園は東西二つに分けて管理されていました。
享保7年12月(新暦1723年1月)には施薬院(養生所)が設けられ、享保20(1735)年には青木昆陽によるサツマイモ(甘藷)の試作が行われています。
今回の古木ツバキが育つ辺りは、東西の御薬園から河岸段丘を下り、礫川(こいしかわ)の流れに沿って後楽園方向へと向かう通りへ続く坂の出入り口にあたります。
施薬院(養生所)が機能していた140年間、赤ひげ先生や病人を見舞う人々など、この道を往来する人の姿は絶えなかった筈です。
古木ツバキはそのような場所に、一種のシンボルツリーとして植栽され、春ともなれば可憐な花で病む人々に希望の灯を与え続けていたことでしょう。
古木ツバキと対峙するかのように、道を挟んだ反対側には、地上130㎝での幹回り232㎝を誇るウバメガシが聳えます。

ウバメガシは木が緻密で太りにくく、備長炭の原料として用いられますが、この木も樹齢は200年を優に超えているはずです。
つまり小石川植物園は現在に至るまで、薬草栽培やサツマイモの試作などに利用され、関東大震災時には被災者の避難所として使われましたが、この付近の樹木は人の手が加えられないままにある可能性が高そうです。
以上のことから、今回発見された古木ツバキは、従来から認識されていた記念樹同様、文化財保護法によって名勝及び史跡に指定された小石川植物園の歴史を物語る、庶民の暮らしを見続けた生き証人としての価値を持つ木に違いありません。
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