好奇心の植物観察

定年退職後に木の観察を始め、草にも手を広げました。楽しい日々が過ぎてゆきます。 (旧ブログ名 樹と木のお話)

カテゴリ: 植物の性


 雌雄異株の落葉樹では、「雌株の葉は早く落ちて、雄株の葉は遅くまで枝に残る」という現象に気づいたのは2018年頃のことでした。

 それから足掛け3年、4シーズンの観察を経て、再現性が確認できましたので、再掲となりますが、ご紹介したいと思います。

 小石川植物園の分類標本園には、数種の雌雄異株の植物が隣り合わせに植栽されています。

 筆者の観察テーマの一つが「植物の性」ですので、雌雄異株のヤブサンザシをしげしげと眺めていますと、ある奇妙な現象に気づきました。

 以下のヤブサンザシの写真は2019年10月20日に撮影したものです。

 赤い実を付けた、手前の株が雌で、その後ろで緑の葉を茂らせた株が雄です。
 
ヤブサンザシ葉雌雄比較04

 雌雄個々の写真を見れば、その差は一目瞭然です。

 写真左下が雄で、右下が雌です。赤い実を付けた雌株の枝に葉が殆どありません。

 しかし雄株の枝には、葉が青々と茂ります。

ヤブサンザシ葉雄-01 ヤブサンザシ葉雌-21
   
 同じヤブサンザシを、2021年10月7日に撮影した写真を以下に示します。

 赤い実を付けた左側の木が雌で、緑の葉を茂らせた右側の木が雄です。

ヤブサンザシ葉雌雄比較07
 
 雌雄株個々の写真を見ると、雌に葉がなく、雄に多くの葉が茂る様子が確認できます。

ヤブサンザシ葉雌-27 ヤブサンザシ葉雄-07
   
 このような現象はヤブサンザシに限ったことではありません。

 分類標本園には、コクサギの雌雄株が隣り合わせに植栽されています。

 左側の雄株には葉を認めますが、右側の雌株には葉が殆どありません。

コクサギ葉雌雄比較18
 
 雌雄株の写真を見比べれば、枝に残る葉に、顕著な差があることが分かります。

コクサギ葉雌雄比較20♂ コクサギ葉雌雄比較19♀
   
 園内に植栽された雌雄異株のツルウメモドキも、同様の現象を見せます。

ツルウメモドキ-雌雄落葉差013 ツルウメモドキ-雌雄落葉差014
   
 雌雄異株の落葉樹が、何故このような現象を示すかを考えたとき、真っ先に思い浮かぶのは植物ホルモンのエチレンの作用です。

 植物ホルモンの教科書には、

 「エチレンが引き起こす最も代表的な生理現象は、果実の成熟である」

 「エチレンは葉や果実の器官離脱を促進する。葉の齢が進行するとエチレンが生成されるようになり、老化(senescense)が起こり、葉柄の基底部の離層形成を促進し、エチレンによって誘導されたセルラーゼが働き、細胞どうしの接着が弱まって器官は離脱する」と記されます。

 これらの知識を基に、上記現象を考察すると、

 ヤブサンザシ、コクサギ、ツルウメモドキの3種は、秋が進むにつれて、雌株でのエチレン生成が活性化し、果実が成熟します。

 エチレン活性が高まれば、雌株の葉柄基底部で離層が形成され、葉の離脱が促進されて、雌株の落葉が雄株より早まると考えます。

 ところで、雌のヤブサンザシが早く葉を落とせば、枝に残る赤い実は非常に良く目立ちます。

 このことから、「ヤブサンザシは、赤い実を小鳥達の 目に付きやすいように、葉を早く落とす」と説明したくなりがちです。

 しかし、種子の分布を小鳥達に依存しないコクサギも同様の現象を示しますので、今回観察した現象に、小鳥の生態が関与している可能性は少ないだろうと考えます。


 ところで、以前も失敗しましたが、草木の現象を理解する為には、一定数以上の数を確認する必要があります。

 今回は、3樹種ともに一例のみの観察ですから、上記内容は参考情報程度と考えるべきでしょう。


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 植物の性:カテゴリ

 最初に、ヤマアイの生育可能な光条件が理解できる群落をお示します。

 小石川植物園の段丘崖の西端に、キリシマツツジが植栽された、南向きの斜面があります。
 D020809-012
 その斜面の中腹を横切る散策路の脇に、一株のキリシマツツジが育ち、その背後の木陰にヤマアイが葉を茂らせます。(位置=D020809)
D020809-009 
 キリシマツツジは冬も葉を落としませんので、ヤマアイが10月上旬ごろに双葉を出し、1月上旬ごろから生育を進める時期、この場所に直射日光は殆ど当たりません。
 D020809-008
 この場所のヤマアイ群落を斜面下から観察すると、ヤマアイは赤い線の上側に繁茂し、赤い線の下側に姿は見えません。
 この状況からヤマアイは、一日中陽が当たる場所では生育できないだろうと考えます。
 そして、その赤い線の上側は、年間を通して直射日光が当たらないエリアです。
D020809-010
 今回、ヤマアイ23群で雌雄調査を行い、23群以外にも数多くの生育地を観察しました。
 それら観察から、この場所の明るさは、ヤマアイが生育できるギリギリの光環境であることが分かります。
 そして、この群落で雌雄比を確認すると、♂98株、♀3株、両性1株という結果が得られ、圧倒的に♂株優位でした。
 D020809-001 D020809-004
 次は、F080508エリアの、中国原産スイカズラ科の落葉小高木、ヘプタコディウム・ジャスミノイドスの下に育つ群落です。
 この場所は、日本庭園へ向かう道の途中で、背後の段丘崖に常緑樹の森が茂り、午前中は陽が殆ど射しませんが、午後になると、冬に葉を落とすラクウショウの樹間から木漏れ日が射し、周囲に散乱光を遮るものはありません。
 この場所も、ヤマアイの生育可能な光条件として、明るい環境と判断できます。
 そして、この場所での雌雄比を確認すると、
 ♂97株、♀3株、両性2株という結果が得られ、この群も♂株が優位でした。
 F080508日向B-05
 三番目に示すのはD030504エリアに育つヤマアイです。
 この場所は、最初に紹介したキリシマツツジが植栽された斜面の右手、段丘崖を登る薄暗い階段の途中にあります。
 東側にシラカシやマテバシイなど、樹高が高い常緑樹の森が光を遮り、午後遅くになって、開けた空から短時間だけ光が射しこむような場所です。
 右下は、階段の上から群落を見下ろした写真ですが、南側の空の狭さがご理解頂けると思います。
 この場所は、ヤマアイの生育可能な光環境としては最も暗い条件下と判断します。
 左下写真で分かるように、ヤマアイはわずかに差し込む光さえも届かない樹下には進出できません。
 D030504日陰02 D030504日陰11
 この場所で雌雄比を調査すると、♂5株、♀86株、両性11株という結果で、この場所のヤマアイ群落は、圧倒的に♀株優位でした。

 四番目にお示しするB030602エリアの群落は、3月10日頃にヒムロが伐採される前は、一人で抱え込めぬほどの太い幹が影を落としていた場所です。
 B030602木陰 B030602木陰-06
 この場所の背後に、ヒノキとスギの林が広がり、散乱光さえ少ない光環境です。
 B030602木陰-16
 そして、この場所で実施したヤマアイ雌雄比調査は、♂22株、♀79株、両性1株という結果で、♀株優位でした。

 以上のように、ヤマアイが生育可能な光環境下にあって、光が十分に得られる群落は、♂株優位となり、光が少ない群落は♀株優位となります。

 そして、その事実をより明確に比較検証できる場所を探し出しました。
 B030202B-001
 そこは、B030202エリアのヤブツバキが枝を広げる場所で、南側の一部に空が開けますが、午前10頃に撮影した上の写真のように、この時はまだヤマアイ群落に光は届きません。
 しかし、下の写真のように、午前11時半ごろになると、ヤブツバキ下のヤマアイは光が遮られ、通路の反対側のヤマアイ群落は日の光を浴びています。

B030202A-002
 この場所のA群とB群でヤマアイの雌雄比を調査しました。
 その結果
 A群 ♂28株、♀69株、両性5株 (光が少ない場所)
 B群 ♂83株、♀15株、両性4株 (光が多い場所)
 となり、得られた結果から、ヤマアイは光が十分な場所では、♂株数が多く、光が少ない場所では♀株数が多くなることが確認できました。
 
 これらの結果と、前回のブログの解析結果を考え合わせ、

 「ヤマアイの雌雄は光が決める」は間違いのない事実と判断しました。


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 前回のブログで、ヤマアイは光の状況で雌雄が決まる可能性に気づいたことを紹介しました。

 小石川植物園内のあちらこちらにヤマアイが群生しますが、それらを注意深く観察すれば、群生毎に雌雄比が異なることが分かります。

 そして誰もが、群生地が明るい場所であるほど、ヤマアイの♂株比が高いことを理解します。
 しかし、それを検証する為に、私のような素人が群生地の光量変化を、光度計を用いて客観的に計測する手法は技術的、財政的な困難が伴います。
 そこで、いつものように、多数の生育地の雌雄比を計測し、統計的手法を用いる分析を試みました。

 方法
 小石川植物園に群生するヤマアイの、光環境条件が異なると思える23群を無作為に選択し、各群102個体、全2346株の雌雄を判別しました。
  
 事前に、レポート用紙へ1~102の連番を印字したスリットを準備し、重複を避ける為に、観察地点で連番号をハサミで切り出し、雌雄を判定した株の葉に、切り出した番号紙を糊付しました。
ヤマアイ雌雄調査方法-008 ヤマアイ雌雄調査方法-009
ヤマアイ雌雄調査方法-004
 観察時に、ヤマアイの群落前に設置した椅子に座り、恣意的な選択を避ける為、目の前の株から同心円状、網羅的にヤマアイの雌雄判定を行いました。
 両性株は全株を撮影し、記録に残しました。
ヤマアイ雌雄調査方法-007

結果
 観察結果から♂株比を計算し、それを小さい順にソートした表を以下に示します。

 D030906木陰株の両性株の比率が、他群と明らかに異なる58.8%という値を示したことから、解析時には当群を除外して考察を行いました。
ヤマアイ群落毎の両性株比
 以下の表に於いて明らかとなったのは、無作為に選択したヤマアイの群落であるにも関わらず、
 ① ♂比のソート結果は直線的に増加する
 ② ♂比の変化に於いて、40%以上、60%以下に明確な空白領域を認める
 の二点です。
ヤマアイ群落雌雄比調査結果
 
 上記表の♂比をグラフ化すると、その様子は更に明らとなります。
ヤマアイ群落毎の雄株の比率
 直線性を確認する為に、♂比が40%以下の群と60%以上の群に分け、両群の直線性を確認しました。
ヤマアイ群落毎の雄株比 <40%
40%以下8株の直線性

ヤマアイ群落毎の雄株比 >40%
60%以上14株の直線性

 何れの群に於いても、R2 =90以上という直線近似曲線が得られました。

 つまりヤマアイの群落に於ける♂比 yは単一因子x が決定している可能性が極めて高いのです。
 言い換えれば、ヤマアイは光のような単一特定条件の変化によって雌雄が決まる可能性が極めて高いことになります。

 更にヤマアイは、表現型としての雌雄が決まるとき、その条件の特定値を閾値とするようです。
  
 今回、光環境の差のみを意識し、ランダムに選択したヤマアイ23群落に於ける雌雄比調査から、ヤマアイは光条件(量、強弱、変化等)によって雌雄が決まる可能性が極めて高いと判断しました。

 勿論上記結果のみで、光がヤマアイの性決定に関与する可能性を判断した訳ではありません。

 次回からのブログで、ヤマアイの雌雄株が示す、生育条件や性決定に関わる現象を、詳細に説明したいと思います。

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3月17日に小石川植物園で、山地植物栽培場の柵の脇に茂るヤマアイの、花の咲き具合を確認していますと、
 ヤマアイE090407-001
 幾つかの株が雄花と雌花を咲かせていることに気づきました。

 これはヤマアイの両性株です。
ヤマアイE090408両性-009 ヤマアイE090407-両性005a
 私がヤマアイの両性株を見たのはこの時が初めてでした。

 それ以前、ヤマアイは雌雄異株と思い込んでいたので、「これは凄いものを見た!」と喜び、夢中になってカメラのシャッターを押し続けました。

 そして更に、近くの群落(E090403)で両性株を探しましたが、全てが雄株で、雌株さえも目にすることができませんでした。
ヤマアイE090403日向-003
 次いで、そのまま坂を下り、ユーカリと桂林に挟まれた辺りで両性株を探すと、日当たりの良い、遊歩道に面した場所(F080505)では、E090403群落同様に雄株のみが目立ち、両性株はありません。
 ヤマアイF080505b
 しかしその後方の、灌木が影を落とす群落で両性株を確認することができました。
 ヤマアイF080505d ヤマアイF080505日陰両性-001
 翌18日、針葉樹林の林床でヤマアイの両性花を探しますと、B020209のクチナシの周囲、
ヤマアイB020209-01
B030404のラカンマキが影を落とす辺り、
ヤマアイB030404-01
 B030803の場所の、冬も葉を落とさないマツやヒノキなどに囲まれた場所で、幾つかの両性株を目にすることができました。
ヤマアイB030803-01
 3月17,18日の両日、小石川植物園でヤマアイの両性株が確認できたのは、いずれの場所も、一日の時間経過の中で光の強弱が大きく変化する場所です。

 更に、E090403群落や、F080505の日当たりの良い場所の群落は殆どが雄株であることを踏まえ、「ヤマアイは、光によって雌雄が決定されている」可能性に気づきました。


 この後私は約2週間かけて、小石川植物園の光環境が異なる20数か所で、ヤマアイの雌雄比を調査しましたので、次回から、その内容をご紹介したいと思います。


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 前回のブログで、600株以上のアオキを確認し、雄株と雌株の比を確認したことを紹介しました。

 しかし多分、ほとんどの方はアオキの花をご存知ないかもしれません。

 そう思うのは、都内のある公園の歴史をガイドするボランティアの方に、アオキの前で、アオキには雄株と雌株があって、夫々に花が違うことをお話したら、「え~ そうですか! 知らなかったな~」 と驚かれつつ、とても喜んで下さったのです。

 下の写真をご覧ください。

 左がアオキの雄花で右がアオキの雌花です。

イメージ 1 イメージ 2

 アオキの雄花は、赤褐色の花弁の付け根に、黄色い4つの点々が見えます。

 この黄色い4つの点は雄しべの葯(やく)で、ここで花粉が作られます。

 一方、右写真のアオキの雌花には、この黄色い点々が見えません。

 そして花弁中央の緑色の部分が少し盛り上がっています。

 この部分がアオキの雌しべで、雌花は雄しべが退化しています。
  
 アオキは雄株にだけ雄花が咲き、雌株にだけ雌花を咲かせるので、このような植物を雌雄異株(しゆういしゅ)といいます。
 そして冬に赤い実を稔らせるのは雌花が咲く雌株だけなのです。

 アオキのように雄株と雌株が異なる植物はアオキ以外に、イチョウイロハモミジ、ネコヤナギなど数多くの植物が知られています

 アオキの雄花と雌花は、個々の花の形が異なるだけでなく、下の写真のように、個々の花を付ける花枝の形(花序)が異なります。

 アオキの雄花と雌花の見た目は、花序に付く花数に圧倒な差があり、雄花は花枝の先にこんもり茂り、雌花は枝先に、数えられる程の花を咲かせますので、花が散った後も、花枝の形から雌雄を判別することができます。
   
イメージ 3 イメージ 4

 昨年8月に日光植物園で行われた公開講座で望月博士は、この奇妙な形のアオキの花が平べったいのは、キノコバエという昆虫が歩き回って花粉をまといやすくするための形と説明されていました。

 アオキはキノコバエに花粉を運んでもらうがために、このような花形をしていると考えられるそうです。


 そして筆者は、2015年頃から小石川植物園でアオキの花の観察を続けてきました。

 2015年から2019年までのアオキの雄花と雌花の初観察日を並べてみると、以下の表のようになります。

       
雄花
雌花
2015年   
327
331
2016年   
25
42
2017年   
322
324
2018年   
327
328
2019年   
321
326


 この表からアオキの雄花は雌花より開花が早いように思えますが、不特定多数のアオキの中から、たまたま目にしたアオキの花を記録しただけですから、雄株は数が多く目立つ半面、雌花は目に付き難いので、このような結果になった可能性は否定できません。

 来春にはきちんと検証し、結論を得たいものです。

 日本原産のアオキは、どこにでも見かける木ですが、分からないことが沢山あって、好奇心を大いに刺激してくれます。

 これからも、そんなアオキの「何これ」的なお話を綴ってゆきたいと思います。

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