筆者がホームグラウンドとする小石川植物園には各々14本の雄イチョウと雌イチョウが育ちます。
夫々の雌イチョウの周囲に夫々の枝からこぼれ落ちた実生の苗が育ち、毎年今頃の季節ともなれば、精一杯の愛らしい表情で訪問者の目を楽しませてくれます。
そして、これらイチョウの幼樹の葉を観察すると、ほぼ全ての葉に切れ込みがあるように見えます。
しかし、「のように見える」では議論は進みませんので、何とかそれを客観的に説明できる方法はないものかと考えました。
筆者は小石川植物園では単なる一般入場者ですから、植物に手を触れることや、資料として持ち帰ることは禁じられており、計測観察の為であっても標本として植物を持ち出すことはできません。
そこで思いついたのが、デジカメによる画像サンプリング調査です。
雌イチョウの周囲に育つイチョウ実生苗の群落を無作為抽出してデジカメ撮影し、その画像を用いてイチョウ実生苗の葉の形態をPC上で判定しました。
葉長に対し、切れ込みの長さが略20%以上の葉を「切れ込みあり」とし、切れ込みがある葉に赤★、切れ込みの無い葉に白〇印を付けました。
切れ込みの長さで判断に迷うものは殆どありませんでした。
以下にその縮尺映像を列挙します。
小石川植物園に生育する雌イチョウ14株の内、9株の周囲に実生苗が育っていました。
残りの雌5株の周囲にもちらほらと実生苗の姿が認められますが、集計上無視しえると判断し、除外しました。
撮影した画像上、葉の形状が判断できないものも集計から除外しています。
9株の周囲に育つ実生苗の葉をデジタル観察し、534枚の葉に明らかな切れ込みを認め、1枚の葉のみに切れ込みがありませんでした、因って、幼樹535枚の葉の99.8%に切れ込みを認める結果を得ました。
次に、幹の根元に育つ5株のヒコバエの葉のデジタル観察を、実生苗と同様の方法で行いました。
イチョウC070404 ヒコバエ
イチョウC070907 ヒコバエ
イチョウF150701 ヒコバエ
イチョウG090609 ヒコバエ
イチョウG100604 ヒコバエ
5株のイチョウの根元に育つヒコバエの葉93枚を観察し、76枚に切れ込みがあり、17枚の葉に切れ込みがありませんでした、因って、ヒコバエの葉81.7%に切れ込みがある結果を得ました。
上記結果から、実生苗の葉や、本体のヒコバエに付く葉の80%以上に切れ込みが認められたことになります。
つまり、実生苗やヒコバエでは、本体の幹よりもオーキシンが強く作用していることが推測されます。
これらの観察から筆者は、イチョウの枝の場合、オーキシンが強く作用する生育状況下では葉の切れ込みが大で、それ程でもない場合には切れ込みが小さい葉になるであろうと考えました。
その根拠として、昨年9月に名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の爲重等が米専門誌電子版に発表した論文が参考となります。
爲重等の発表内容を要約しますと、オーキシンとEPFL2(EPIDERMAL PATTERNING FACTOR-like protein 2)というペプチドとの相互作用によって葉の鋸歯(ぎざぎざ)が形成されることが明らかになりました。
今回のテーマであるイチョウの葉に当てれば、以下のような模式図が描けるだろうと勝手に解釈しました。
爲重等の研究は鋸歯の生成に関する内容であり、この例に該当しない可能性はありますが、大胆に、話を分かり易く単純化すれば、オーキシンが強く作用する枝では、葉の形状がよりギザギザになり易いであろうと筆者は考えました。
以前も当ブログに記載しましたが、イチョウの葉は雄株だから切れ込みがあって、雌株だから丸みを帯びた形になるという訳ではないと考えます。
イチョウに於いては、オーキシンの作用が強く出る育ちざかりの枝に付く葉はギザギザになり、オーキシンの作用がそれほどでもない枝に付く葉は凹凸の少ない形になると推測します。