好奇心の植物観察

定年退職後に木の観察を始め、草にも手を広げました。楽しい日々が過ぎてゆきます。 (旧ブログ名 樹と木のお話)

2017年06月


 筆者がホームグラウンドとする小石川植物園には各々14本の雄イチョウと雌イチョウが育ちます。

 夫々の雌イチョウの周囲に夫々の枝からこぼれ落ちた実生の苗が育ち、毎年今頃の季節ともなれば、精一杯の愛らしい表情で訪問者の目を楽しませてくれます。

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 そして、これらイチョウの幼樹の葉を観察すると、ほぼ全ての葉に切れ込みがあるように見えます。

 しかし、「のように見える」では議論は進みませんので、何とかそれを客観的に説明できる方法はないものかと考えました。

 筆者は小石川植物園では単なる一般入場者ですから、植物に手を触れることや、資料として持ち帰ることは禁じられており、計測観察の為であっても標本として植物を持ち出すことはできません。

 そこで思いついたのが、デジカメによる画像サンプリング調査です。

 雌イチョウの周囲に育つイチョウ実生苗の群落を無作為抽出してデジカメ撮影し、その画像を用いてイチョウ実生苗の葉の形態をPC上で判定しました。

 葉長に対し、切れ込みの長さが略20%以上の葉を「切れ込みあり」とし、切れ込みがある葉に赤★、切れ込みの無い葉に白〇印を付けました。
 
 切れ込みの長さで判断に迷うものは殆どありませんでした。
 
 以下にその縮尺映像を列挙します。

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イチョウC070404          イチョウC070907
   
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イチョウE090504           イチョウF050304
   
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イチョウF150701         イチョウG100604
 
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 小石川植物園に生育する雌イチョウ14の内、9株の周囲に実生苗が育っていました。

 残りの雌5株の周囲にもちらほらと実生苗の姿が認められますが、集計上無視しえると判断し、除外しました。

 撮影した画像上、葉の形状が判断できないものも集計から除外しています。

 9株の周囲に育つ実生苗の葉をデジタル観察し、534枚の葉に明らかな切れ込みを認め、1枚の葉のみに切れ込みがありませんでした、因って、幼樹535枚の葉の99.8%に切れ込みを認める結果を得ました。

 
 次に、幹の根元に育つ5株のヒコバエの葉のデジタル観察を、実生苗と同様の方法で行いました。

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イチョウC070404 ヒコバエ
   
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イチョウC070907 ヒコバエ
   
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イチョウF150701 ヒコバエ
   
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イチョウG090609 ヒコバエ
   
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イチョウG100604 ヒコバエ

 5株のイチョウの根元に育つヒコバエの葉93枚を観察し、76枚に切れ込みがあり、17枚の葉に切れ込みがありませんでした、因って、ヒコバエの葉81.7%に切れ込みがある結果を得ました。

 上記結果から、実生苗の葉や、本体のヒコバエに付く葉の80%以上に切れ込みが認められたことになります。

 実生苗はもちろん、ヒコバエに於いては、イチョウG090609の樹形からも分かるように、本体の幹の成長よりも早い速度で主軸が伸び上がります。

 つまり、実生苗やヒコバエでは、本体の幹よりもオーキシンが強く作用していることが推測されます。

 これらの観察から筆者は、イチョウの枝の場合、オーキシンが強く作用する生育状況下では葉の切れ込みが大で、それ程でもない場合には切れ込みが小さい葉になるであろうと考えました。

 その根拠として、昨年9月に名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の爲重等が米専門誌電子版に発表した論文が参考となります。

 爲重等の発表内容を要約しますと、オーキシンとEPFL2(EPIDERMAL PATTERNING FACTOR-like protein 2)というペプチドとの相互作用によって葉の鋸歯(ぎざぎざ)が形成されることが明らかになりました。

 今回のテーマであるイチョウの葉に当てれば、以下のような模式図が描けるだろうと勝手に解釈しました。 

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 爲重等の研究は鋸歯の生成に関する内容であり、この例に該当しない可能性はありますが、大胆に話を分かり易く単純化すれば、オーキシンが強く作用する枝では、葉の形状がよりギザギザになり易いであろうと筆者は考えました。


 イチョウに於いては、オーキシンの作用が強く出る育ちざかりの枝に付く葉はギザギザになり、オーキシンの作用がそれほどでもない枝に付く葉は凹凸の少ない形になると推測します。


、筆者のホームページ 「PAPYRUS

 


 小石川植物園の正門を入って本館へと向かう坂の右手に「フクロミモクゲンジ」の名札を付けた落葉樹があります。


 この木はムクロジ科に属し、英名で golden rain tree と呼ばれますが、毎年9月の中頃になると梢一面が花で覆われ、樹下に立つ人のこうべへ、黄金の雨のような花が絶え間なく降り注ぎます。

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 このフクロミモクゲンジは、2011年秋に東京を襲った台風で大きな損傷を受け、一時は殆どの梢が剪定されていましたが、6年の歳月を経た今年の冬は、その姿に痛々しさを感じることはなくなりました。


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2012年1月29日撮影      2017226日撮影
 
 そして先日、散策をする私の目に偶然、このフクロミモクゲンジの根元に育つヒコバエが映りました。


 樹幹を大きく損傷された木の根元に、このようなヒコバエが育つことは良くあることです。
 
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 そして、そのヒコバエの葉を見ると、葉に顕著な切れ込みがあります。


 ところが頭上の枝に付く葉を見れば、本体のの葉には全く切れ込みがありません。 


 これが同じ木かと思う程、足元のヒコバエの葉と本体の葉の形には顕著な差が見られます。


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   ヒコバエの葉はギザギザ      高い枝の葉には切れ込みがない
 
 ヒコバエと高い枝の葉が異なるだけではなく、実生で育つ幼木と本体の幹から伸び出した低い枝の葉の間にも同様の差異が見られます。


 どうやら、葉の付く位置の高低で葉形が異なる訳でもなさそうです。


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   幼木の葉はギザギザ        低い枝の葉にも切れ込みがない


 ここまでの観察で、筆者は似たような現象を観察したことを思い出しました。


 それはイチョウです。


 2016年5月に筆者は、イチョウの葉で螺旋葉序の回転方向が左右どちらも同程度であることを確認しました。


 その時観察した、千川通りに植栽されたイチョウのヒコバエの葉に著しい切れ込みを見ました。

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 そして、小石川植物園の雄イチョウの根元に育つヒコバエも同様です。


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 雌イチョウのヒコバエを確認しても全く同様でした。


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 そして雌イチョウの周囲に、イチョウの枝からこぼれ落ちたギンナンが芽を出していますが、その葉の全てに大きな切れ込みが認められます。


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 見上げる雌雄のイチョウ本体の葉に切れ込みは殆どありません。
 
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雄イチョウ本体の葉         雌イチョウ本体の葉

 
 昨年の秋に、「イチョウの雌雄は、葉の切れ込みの有無で見分けられる」という伝聞を検証し、そのような事実はないことを確認しています
 
今回筆者は、フクロミモクゲンジの観察から、イチョウの葉の切れ込みは雌雄性に因るのではなく、植物の発育状況に因るとの着想を得ました。


次回のブログでその内容を詳しくご紹介しようと思います。


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 筆者は6月の声を聞いてからはツツジの観察に時を過ごしてきました。 

 それにつけても本当に有難いのは、小石川植物園の存在です。

 小石川植物園の存在があればこそ、そして小石川植物園にツツジ園があればこそ、私は労せずに複数のミツバツツジ節の観察を行うことができました。

 小石川植物園にツツジのコレクションが無ければ、全国にミツバツツジを訪ね歩き、10年以上の歳月が必要だったはずです。

 そんなこんなを考えると、数多くの人々が汗水して働き、税を納めた結晶の一部が、小石川植物園を支えてくれています。(勿論私もその一人でした)

 ありがたいことです。
 そして、感謝の気持ちを込めて、

 今回は、前回のブログ「ミツバツツジの不等葉性と樹形との関連性」を補足する意味で、ツツジツツジ属ミツバツツジ節の樹木が垂直方向に樹形を伸展させる傾向をもつことを目的として、ミツバツツジ節の樹形を供覧させて頂きます。


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キヨスミミツバツツジ樹形          コバノミツバツツジ樹形


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トウゴクミツバツツジ樹形         トサノミツバツツジ樹形
 
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ナンゴクミツバツツジ樹形         ハヤトミツバツツジ樹形
 
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ヒダカミツバツツジ樹形       ミツバツツジ樹形     

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ユキグニミツバツツジ樹形      ジングウツツジ樹形     

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サクラツツジ樹形             オンツツジ樹形 


 参考 ミツバツツジ節が植栽されたコーナーの樹形概観

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     リュウキュウツツジが植栽されたコーナーの樹形概観

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 月初めに、ミツバツツジの葉序は互生(螺旋)葉序が短縮した3輪生状であることを確認しました。

 次に、ミツバツツジ以外のツツジ科ツツジ属がどのような葉序かを確認するのは至極当然のことです。

 グラスワイン片手に、今日まで小石川植物園で撮影したツツジ科ツツジ属の画像整理を始めました。

 アイウエオ順に画像を整理しましたので、最初はエゾヤマツツジです。

 先入観を持って、多分そうだろうと考えながら探した通り、エゾヤマツツジの枝に3輪生状葉序を見出すことができました。

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 次はオオヤマツツジです。

 赤〇を付けた葉が、見事に3輪生状を見せています。

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 ケラマツツジ然り。

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 シナヤマツツジやミカワツツジも3輪生状を見せます。

 言うまでも無いことですが、3輪生ではなく、3輪生状をです。

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 そして、ヤエヤマツツジもヤマツツジもそろって3輪生状を示します。

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 こんなにも、ツツジ科ツツジ属の木々が3輪生状を見せるのに、何でミツバツツジだけが図鑑に「3輪生」と記載されるのでしょうか?

 筆者はその理由の一つが、前回のブログに記した、樹形に起因するミツバツツジの不等葉性発現状況、不等葉を示す葉の大小差が少ないことにあると思えるのです。

 以下のミツバツツジの写真では、まず最初に、ほぼ同じ大きさの3輪生状の葉が目に入ります。

 しかも、よほど注意しなければ、葉が茎に付く位置がずれていることに気づかず、3輪生のように見えます。

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 それに比べ、例えばナンオウツツジ、

 これを3輪生と言っても、誰も反論しないだろう輪生状ですが、向軸側の葉があまりにも小さい為に、注意して見なければ対生葉序と見間違うほどです。

 ナンオウツツジほどではないにしても、似たような姿を多くのツツジ属の枝に認めます。

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 二つ目の理由は、ミツバツツジの仲間は、3輪生状葉の後に続く互生(螺旋)葉序の出現が、他のツツジ属の葉ほど早く出ない、もしくは3輪生状葉だけで終わってしまう傾向があり、3輪生状葉が目立つ状況が永く続くことです。

 一方、多くのツツジ属葉序を観察すると、互生(螺旋)葉序が短縮した3輪生状を示すものはミツバツツジだけに限らないことが分かります。

 まあしかし、ツツジ属の分類検索上の利便性を考えると、ミツバツツジの3輪生状葉が他のツツジ属よりも目立ちますので、分かり易さを優先し、3輪生状を3輪生と記したとしても、目くじらを立てる程のことではありません

 APG体系としての解析が進み、遺伝子解析に基づいて植物分類学が進化しても、目視による野外観察の為に、植物形態に基づく分類検索の重要性が減じることはないと思います。

 植物の進化過程を踏まえた植物の分類体系と並行して、目視による野外観察の利便性を重視した、より洗練された、植物形態に基づく分類の必要性に変化はありません。

 APGはプロに任せ、定年退職後のアマチュアが形態観察でサポートする、などというスタイルが定着すれば、ちょっと楽しいかも。


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 今月初旬に、ミツバツツジは互生葉序が短縮した3輪生状であることを説明し、それ以外のミツバツツジも3輪生状であることを紹介しました。


 次の興味として、その他ツツジの葉序が気になります。

 がしかし、その他ツツジの観察を始める前に、一つだけ再確認しておきたいことがあります。

 それは、2015年5月にこのブログで紹介したツツジ科ツツジ属の不等葉性に関してです。

 上記ブログでも紹介しましたが、「ヒラドツツジ大紫」の側枝では、下の写真のように、赤〇を付けた向軸側の葉が、黄〇を付けた背軸側の葉よりも明らかに小さい、不等葉性を示します。

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 そのような側枝に於ける不等葉性の発現は「オオヤマツツジ錦の司」(左下)や「モチツツジ花車」(右下)など、多くのツツジ園芸品種でも確認できます。
   
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「オオヤマツツジ錦の司          「モチツツジ花車」

 勿論、そのような不等葉性はミツバツツジにも発現しています。

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 しかし、「ヒラドツツジ大紫」とミツバツツジを左右に並べてみると、「ヒラドツツジ大紫」の不等葉性は一目瞭然であるのに対し、ミツバツツジの不等葉性は、言われてみて初めて分かる程の差しかありません。

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 上記写真の、向軸側の葉と背軸側の不等葉に印を付けてみました。

 実際にミツバツツジの葉を見ると、ミツバツツジの3輪生状葉は、対象となる葉を意識して見て、初めて不等葉性が分かります。
 
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 両者間に、なぜこのような不等葉の比率差が出るかを考えてみました。

 筆者はその最大の要因は樹形にあると考えています。

 まずは、「ヒラドツツジ大紫」の樹形をご覧下さい。

 小石川植物園の「ヒラドツツジ大紫」はお団子状に刈り込まれています。

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 これは、「ヒラドツツジ大紫」の枝が、下図のように横方向へ伸びやすい(背腹性を持ちやすい)性質を活用したものです。

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 次に、ミツバツツジの樹形をご覧下さい。

 ミツバツツジは「ヒラドツツジ大紫」とは異なり、枝の横方向への進展が少くなく、枝が垂直方向へ伸びようとする傾向が強いことが分かります。

 ミツバツツジを刈り込んでも、お団子状にはなり得ません。

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 両者の樹形の差は、夫々の不等葉性発現に影響を与えていると考えます。

 「ヒラドツツジ大紫」は、枝が横方向へ伸びる傾向が強い(背腹性が強い)が為に、側枝に於けるオーキシンの偏在が大となり、比率差の大きな不等葉が生じると考えます。

 一方、ミツバツツジでは「ヒラドツツジ大紫」ほど、枝が横方向へ伸びる傾向が強くない為に、側枝に於けるオーキシンの偏在は小さく、「ヒラドツツジ大紫」よりも比率差の小さい不等葉が生じると考えます。

 次回は、今回論じた不等葉性と樹形との関係をベースに、ミツバツツジの3輪生状葉序を他ツツジの葉序と比較してみたいと思います。

   ツツジ科ツツジ属の3輪生状葉序 ミツバツツジと他ツツジの比較
   〇〇ミツバツツジの樹形 ミツバツツジの樹形の特徴    

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